すっかり日も暮れた中山競馬場に白い馬体が姿を現した瞬間、
あふれる感情をこらえることができなかった。
ゴールドシップの引退式。
有馬記念は勝てなかったけれど、
無事にこの時間を迎えることができた。

もうレースが見られない寂しさみたいなものはなかった。
むしろ今までのたくさんの思い出が蘇ってくると、
感謝の想いが胸にこみ上げてきた。
うれしかったこと、驚かされたこと、ガッカリさせられたこと..
本当にいろいろなことがありましたが、
僕の人生を色濃く彩った唯一無二の名馬です。
ありがとうございました。

普段はそこまで感情移入して見ることがない引退式ですが、いいものでしたね。

誰よりも近い場所でゴールドシップを見守ってきた今浪厩務員も、
栄光と挫折を味わった内田博幸騎手も涙。
時に賛否を巻き起こしながら、
G1を6勝するまでに鍛え上げた須貝調教師も万感の表情。
そして小林英一オーナーのご子息である小林正和さんも、
あふれる想いをこらえながら立派なスピーチで締めくくってくれた。

その一方で、横山典弘騎手は「印象に残っているのは宝塚記念の出遅れ」と、
歴史的大事件に触れて笑いを誘い、
そして最後の記念撮影では、
ゴールドシップ自身がなかなか関係者の輪の中に入ろうとせず、
数分間も立ち往生するなど最後まで彼らしさがのぞかせる別れの儀式でした。

できれば京都競馬場でもやってほしかったような、
しかし目の前だともう涙で自分がどうにかなってしまった可能性もあるので、
これでよかったんだと思います。


G1を6勝という数字は近年の名馬と比べても遜色ないものでしたが、
最後まで「現役最強」や「王者」という称号は似合わない個性派でした。

好位を取れる機動力と、
一瞬のスピードが求められる現代の日本競馬において、
まるでその対極にあるような勝ち方を貫いてきた。
致命的に遅いスタートダッシュ、
ジョッキーが押しても押してもなかなか加速しないギアチェンジの難しさ。
ジリジリと伸びるものの、
瞬時に周りを突き放すことのできない末脚。

弱点がたくさんあるせいで、時に信じられない負け方も重ねてきた。

単勝1倍台で4回も負けた(しかも全て馬券圏外)G1馬など他にいるだろうか。
2ケタ着順を4度も経験した..以下同文。
高速馬場、スローペース、ゲート..
苦手なことが多すぎるせいで何度も大敗を喫しながら、
それでもツボにハマった時には圧倒的な強さを見せてきた。

誰もが避けて通るような荒れたインコースをスイスイと通り抜けてきた皐月賞。
タブーを打ち破るロングスパートで圧倒的人気に応えた菊花賞。
中山の短い直線で力尽きた先行馬を一気に飲み込んだ有馬記念。

同期の三冠牝馬と、同じ父を持つ宿敵を置き去りにした宝塚記念。
翌年にはまるで足慣らしのような余裕たっぷりのレースぶりで連覇を達成した。
そして、鬼門に挑み続け「三度目の正直」で勝利を手にした天皇賞。

どれも他の馬にはマネのできない勝利だった。
最後の天皇賞を除いては、いずれも2着馬に1馬身以上の差をつける完勝。
勝つときだけは紛れもない「王者」だった。



2歳の夏にデビューし、
これだけの実績を携えながら、
6歳まで現役を続けたことも珍しければ、
一度も故障による戦線離脱はおろか、
予定していたレースを使えないといったアクシデントも皆無で、
最後まで順調にローテーションを消化していった(ゲート再審査を除く)。

立派なことです。

来年からは種牡馬として新たな戦いが始まるわけですが、
もし父の特徴をそのまま受け継ぐ産駒ばかりだと、
なかなかコンスタントに走れる馬を望むのは難しくなりそう。
どこかで大物が一頭でも出ればいいのですが..
ゴールドシップ産駒を応援するのも苦行になる予感。



個人的には、スティルインラブ以来約10年ぶりに心の底から好きになった馬でした。
普段はあまり「あの馬が好き、この馬も好き」とは言わないタイプなので、
まれに湧き立つ愛情は深いという自負はある。

馬券の相性がどうこうとかでなく、
まだ駆け出しの頃に感じた「この馬は強くなる」という予感を現実にしてくれた馬。
G1を6つも勝ってくれたし、
初めて日本ダービーにも連れて行ってくれた。
馬券がどうのこうのではないと言いながらも、
トータルでなかなか儲けさせてもくれたw
信じ続けることの難しさと尊さも教えてくれた。

よく「強さと脆さが同居しているのがファンの多い理由」なんて言われたけど、
別に僕はその気まぐれな性格が好きになったわけではなく、
だんだん年月が経つにつれ正体が明かされていった感じ。
本当はこういうタイプの馬は全然好きじゃないんですけど、仕方ないねw

また10年くらい経てば、
これだけ愛せる馬が出てきてくれるだろうか。
競馬を好きであり続ける限り、きっとまた出会える気がします。