矢作芳人厩舎が好きだ。
もちろん、開業当初からスーパーホーネットがお世話になっているのもあるが、
他にも管理馬には個性派が揃っており、好配当も連発。
決して血統のいい馬や社台軍団のエリートはいないんだけど、
06年のアイビスSDで2着したマリンフェスタとか、
ああいうキャラを輩出してくれるのがたまらん。
気づけばすっかり目の離せない存在になっていた。

初めてこの方の名前をBlogで出したのは、
オリオンオンサイトがフラワーCに出た時だったか。

■新鋭厩舎が送り出す才媛。≪フラワーC予想≫ (2006年3月18日更新)

ほう、なかなか先見の明があるBlogですね(笑
でもまさかこの時、「現役最速100勝達成」なんて金字塔を打ち立てるとは、
とてもじゃないけど想像できませんでした。

この秋は看板馬スーパーホーネットでマイル路線を賑わせた矢作調教師が、
ほぼ時を同じくして本を出版されました。

■開成調教師 〜安馬を激走に導く厩舎マネジメント
昔、神童。開成では劣等生。13回、調教師試験に失敗。
ところが、開業以来、破竹の勢いで勝鞍を量産。その躍進の裏には確かな計算があった―。


これはもう読むしかないでしょう。
ということで先日、お買い上げ。945円でした。
ものの2日ほどで読破しましたよ。
普段あまり本を読まないもんだから、
プレビューを書くのも慣れておらず、うまくまとめられませんでしたが、
簡単に感想を示しておこうかと。

(※以下ネタバレ)
初めに、ひとつだけしっくり来ないものについて触れておく。
それはタイトルだ。
てっきり、もっと学生時代のエピソードが多く盛り込まれているかと思いきや、
全然そんなことない。
今の厩舎での取り組みの紹介が中心になっており、
むしろ個人的には好感が持てた。
この内容なら、例えば「47歳の革命児」とか、
旧態依然とした厩舎社会に対する旗頭というニュアンスを含めないと、
うまく魅力が伝えられないのではないだろうか。
「開成」という、わかりやすいステータスを盛り込みたい意図はわかるのですが。

それでは本題に。
まず序章では、この春スーパーホーネットが安田記念に挑戦した際の話。
輸送に課題を残す中で、
美浦入厩を試みたものの仕上がりに満足がいかず8着に敗退。
その時、厩舎スタッフにはこう檄を飛ばしたんだとか。
『「角居厩舎のスタッフは、3週間で牝馬をあそこまで仕上げたんだぞ。
うちは美浦に入って牡馬でこれだぞ。ここが角居厩舎と矢作厩舎の差なんだ」』


飽くなき向上心と、名門に対する反骨心が凝縮されたエピソードですよね。

あとは、いかに効率よく馬房を回転させて厩舎運営を進めていくかという、
経営者的な目線でのお話。
なるほどと思わされる反面、
他の厩舎はそんなこともやっていないのかと呆れさせられる指摘もなされている。
きっとベテランの厩舎からすれば煙たがられる存在なんだろうな(笑

読んでいて、最も頭に残っているのは、
『セオリーを絶対、知っておかなければならない、という考えは、この頃叩き込まれた。
セオリー抜きで勘で行動して「ついてる、ついてなかった」とか言っていたら、
継続して勝つことはできない』


何にでもセオリーがありますよね。
野球やサッカーというスポーツはもちろんそう。
将棋とか、オセロとかにも存在しますし、
きっと料理や洗濯など家事にもある。
馬券にもね。

それらを知った上で事に及ばないと絶対に失敗する。
セオリーを知らずに「とりあえずやってみて」、
その結果が満足いかなかったらあっさり「向いてない」と諦めてしまう。
もし、セオリーを学んだ上で失敗することがあっても、
「ああそうか、ここが間違っていたわけね」と反省することができる。
それができないと上達は難しい。

・・・・・・
矢作厩舎の掲げる方針として、「日本一ファンに愛される厩舎」がある。
馬券を買うファンが競馬そのものを支えているわけだから、
彼らに満足してもらおうとするのは厩舎として当然の務めだ、と。

ありがたいことでございます。

出走馬に対するコメントは、偽ることなく。
弱気な時はそのまま不安点を語ってくれる。
たとえば今年のフィリーズレビューのエイムアットビップ(1番人気10着)についても、
「熱発で割引が必要」とおっしゃっていた。

また、最近開設された厩舎公式Blog「よく稼ぎ、よく遊べ」では、
調教を済ませた出走予定馬の期待度について、展望してくれている。
これだけ管理馬のことをオープンにしてくれると、応援のしがいも出てくるというもの。

矢作厩舎がこうしてファンを意識した広報活動を展開してくれている一方で、
我々ファンの方はどこまで競馬に対する意欲を持てているだろうか。
「競馬の情報」といえばそれすなわち「馬券必勝法」と受け止められがちな中、
矢作厩舎の取り組みを「うれしい、ありがたい」と感じられるファンがどれくらいいるだろうか?

たとえば、本文中に「勝負服を忘れて罰金を払ったことがない」ということが触れられていた。
確かに時々いますよね。貸し服で出走している馬が。
あれを見てると「あー、厩舎が忘れよったか」と思うんだけど、
果たして競馬場にいるどれくらいの人々が、
「貸し服=厩舎のミス」ということを認識しているだろうか。
別に、「もっと競馬に詳しくなれ」と言いたいわけではないけれど、
もう少し厩舎や騎手に厳しい意見を突きつけられるように、
我々ファンの意識も向上させていかなければならないだろう。
それこそ、馬券の当たり外れだけに関心を注ぐのではなく。

05年の皐月賞に、貸し服で出走する馬がいた。
まさかGIでこんなボーンヘッドをやらかすとは考えられなかった。
自分の勝負服を晴れの舞台で目にすることができない馬主が不憫で仕方がない。
しかも2頭出しだったその厩舎は、
もう一頭の有力馬については既定の服をスタンバイ。
こういうの、ホンマにカッコ悪いですよね。
どこの名門厩舎か知りませんが・・

・・・・・・
山積する課題、非効率的な慣習に頭を悩まされながらも、
成果を上げていこうと努力を続ける矢作厩舎。
ベンチャーマインドを刺激するには十分な内容だし、
これからこの厩舎がどこまで伸びていけるのか、ますます楽しみになります。
競馬ファンなら必読の一冊。

最後に矢作厩舎ファンとして一番うれしかったこと。
そもそも、この厩舎に注目し始めたのは05年秋の「くるみ賞」。
そう、スーパーホーネットが2勝目を挙げたレースだったのだが、
勝利後の師のコメントを目にしたのがきっかけだった。
「どうしても朝日杯に出したいから、ここは絶対に勝ちたかった」。
管理馬のローテのために、
2歳の500万下に勝つことをここまで喜べる調教師は素晴らしいとに感心したのを覚えている。
だからこそ朝日杯でも◎を打つことができたし、
そこで2着と好成績を残したから今がある。

この本でも、くるみ賞のことが記されていた。
『絶対に負けられない一戦だから、もの凄いプレッシャーだった。
直線では絶叫したのを覚えている。周りで見ていた、上原厩舎の飯田助手と伊藤助手から、
「先生、声が凄すぎます」とか言われたくらいだ。
だけど、早めに抜け出したアポロノサトリの手応えが良かったし、
一番声が出る展開だった。
400メートルくらい声を出しっぱなしだったが、クビ差とらえて、2勝目を挙げた。
これで4戦2勝となって、思惑通り、朝日杯へと駒を進めることになった。


あの時の矢作師のコメントがうそじゃなかった。
3年前のレースの舞台裏を覗けたことが、最大の収穫だった気がする。