■ヴィクトワールピサ ドバイワールドカップ優勝



オイルマネーで潤う豪族たちの国ドバイ。
砂漠の中の競馬場で、
最高額の賞金を巡り、世界中の強豪が終結する――

ドバイワールドカップ。

まるでマンガのような、
ファンタジーあふれるレースの存在を知ったのは、
ちょうど競馬を初めてしばらく経った時のこと。

1997年。
そう、ちょうどホクトベガが海を渡り、悲劇的な結末を迎えた年でした。
その後も日本馬の挑戦は続きましたが、結果は伴わず。
比較的、輸送距離の近いアジア圏内への遠征でありながら、
ナド・アルシバ競馬場の高速ダートに対する適応の難しさや、
そもそも日本競馬におけるダート戦線そのものが発展途上であったこともあり、
世界最高峰のタイトルは、まるで砂漠にかすむ幻のようでした(気に入ってるな、このフレーズ)。

その間に、日本馬のレベルそのものは飛躍的に向上。
シーキングザパールやタイキシャトルが欧州を制し、
エルコンドルパサーが凱旋門賞で世紀の奮闘を見せ、
アグネスデジタルやステイゴールド、エイシンプレストンがアジアで活躍。
ハーツクライやユートピアはドバイの地で勝利を収め、
ディープインパクトは世界一まであと一歩のところまで迫りました。

様々なカテゴリで、
継続的にワールドワイドな名馬が誕生する時代が訪れました。

それでも。

カネヒキリ、ヴァーミリアン、アドマイヤドン...
日本のダート界では絶対的な地位を築いた強豪たちでさえ、
この戦場ではまともに勝負することさえ許されず。
唯一、善戦を見せたのが、
国内でのダート経験に乏しいトゥザヴィクトリーだったというのも何とも皮肉な話でした。

正直なところ、
ドバイワールドカップは日本馬に縁のないタイトルだと諦めたこともありました。
やはり馬場が違う。
一体どんな馬を連れて行けば適性があるのかさえ不明。
とりあえず、
日本のいわゆる「ダート馬」では勝負にならないことしかわかっていなかった...
なのに、どうやって勝利を目指せというのか。
それこそ日本のダートコースをドバイ風の高速仕様に変えるでもしない限り...



ところが、転機は意外な形で訪れた。
2010年から、開催がメイダン競馬場に替わり、
コースも従来のダートからオールウェザーに変更。

これが風向きを大きく変えた。
「AW初年度」から、レッドディザイアやグロリアスノアが結果を残し、
日本の芝を得意とする馬も、ダートを得意とする馬の両方に、通用する素地があることを証明。

そして、2011年。
日本からは、
ブエナビスタ、ヴィクトワールピサ、トランセンドの3頭が挑戦。

真っ先にゴールへと飛び込んだのは、
年度代表馬でもなく、GI連勝中のダート王でもなく、
国内で「最強」と謳われる4歳世代のエース・ヴィクトワールピサだった。

最後方に置かれる予定外のスタートから、
バックストレッチで一気にポジションを押し上げ、
直線では逃げるトランセンドを2番手から交わし、そのまま粘り込み。

トリッキーな中山コースで2つのGIを制した自在の脚質と、
不良馬場の日本ダービーを勝った父ネオユニヴァース譲りのしぶとさ。
そして、親子二代に渡って手綱を取ったM.デムーロの手腕。
全てがガッチリと噛み合った瞬間、歴史の扉は開いた。

デムーロが右手を高々と掲げたのを見て、
本当にこれがドバイワールドカップなのか、すぐにピンと来なかった。
だが、馬上のインタビューで涙を流し、
誇らしげに日の丸を掲げてくれて、
そして表彰式で「君が代」が聞こえてきたところで、徐々に実感がわいてきた。

凱旋門賞、ブリーダーズカップ、そしてドバイワールドカップ。
誰もが認める世界最高峰のタイトルを、
日本馬が獲得する日がついに来た。
あのディープインパクトがフランスで敗れた瞬間は、
さすがにもうダメなんじゃないかと思ったほど。

しかし、時代が流れることで、
馬場の変更という大きなアドバンテージを得ると同時に、
これまでの遠征で培った経験値も相当に大きなものとなっていたに違いない。
角居厩舎は開業して間もない頃から、
シーザリオやハットトリック、デルタブルースで海外遠征に成功。
その一方でウオッカで悔しい経験も積んだ。
それらのひとつの集大成が、ここに実を結んだと言えるだろう。



しかし、日本競馬の成長はこれで終わるわけではない。
ようやく歴史の1ページが始まったばかりで、
ヴィクトワールピサ自身もさらなる栄光を求め世界で戦うだろう。
それに、国内の競馬がレベルアップしないことには、
この快挙に続く名馬の誕生は起こりえない。

経済的な面から、生産頭数の減少などで苦境に立たされている競馬界に対するカンフル剤となるか。
ヴィクトワールピサの今後のさらなる活躍が、
日本競馬に対するエールとなればいいのだが。


【追記】
ヴィクトワールピサとトランセンドが並んでゴールするのを見て、
日本の競馬にもオールウェザーのコースがほしくなった。
たとえば札幌とか函館で、
芝とダートの強豪が一緒に走るおもしろ重賞があったらいいなと。

あと、改めてレッドディザイアの挑戦は意義があった。
彼女が前哨戦を勝ったことで「AW=芝馬が勝てる」ということが証明された。
これがなかったら、
そもそもヴィクトワールピサがワールドカップ参戦を選択していたか。
松永幹夫厩舎をはじめとする陣営が、
実は影のMVPなのかもしれないな。